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どうしようもなく、死にたくなる夜がある。

そうなるのは、大抵、人と話をしたあとの夜だ。死にたいと思うたびに、これは、いわないほうがいいな、とか、わたしの内にとどめておこうとか、思ったりするのだけど、そもそも、どうして、人に、死にたいといってはいけないのだろう。

ついうっかり、死にたい、というと、すこし困った顔がかえってくるから、わたしもすこし困ってしまう。だれかを困らせたいわけじゃないんだけどな。

でも、なんとなく、困らせるのもいやで、わたしは死にたくてしょうがなくなるたびに、自分の気もちを殺すことに専念する。すると、案外成功してしまったりして、すっかり忘れちゃったりする。こういうとき、あれだけ死にたがっていたわたしたちは、いったいどこに消えていくんだろう。でも、じつは、消えてなどいなくて、ずっとわたしの中にいて、ふとしたときに、またひょっこりでてきてしまうのかもしれないね。ただ、じっとやりすごすことばかり上手になって、根本的な解決にはつながっていないのかもしれないな。

でも、いつか、押し殺されてしまったわたしたちが、救われる日がきたらいいなって思う。明日も、どうかおだやかにすごせますように。











雑記

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最近、死にたいと思うことが増えた。

どうしようもない気もちになって、どうしようもなくなってしまったとき、よく、じぶんで、手首を切って、血が流れるところを想像する。じぶんで、じぶんを傷つけるところを想像すると、なぜか、気もちがすこしだけ、楽になるような気がするのだ。

ただ、それと同時に世間体のことも考える。やっぱり、身内の人がなくなったら、近所の人からの目とか、噂とか、そういうものがあるんだろうな。人に迷惑をかけるのはいやなのに、死ぬことすら、他人に迷惑をかけるだなんて、健常に生きるしか、生きるすべはないのだろうか。

そういえば、つい先日は、母の誕生日だったので、お祝いの連絡をした。母は、また近々、働きはじめるらしい。住むところがちがうと、すこし連絡をとらないうちに、相手の環境が、ころっと変わっていることがある。とくにお母さんとか、ずっといっしょに暮らしてきていたこともあって、すこし寂しさがある。自分がおいていかれているような、知らない間に、なにかがうごいているような、そんなかんじ。

まわりは上手い具合にうごいている。私はもう、だれにも迷惑をかけないように、だれも知らない場所で、こっそり死んでいきたい。最近は、ライターをもちあるいている、いつでも死ねるんだぞって。わたしが本当に耐えられなくなったとき、死んでやるんだ。そうおもったら、まだ明日は、なんとか生きられるような気がする。いつでも、死ぬことができるんだから。とりあえず、明日も、這いつくばってみよう。

陰鬱とした

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最近のわたしといえば、陰鬱とした気持ちになることが多くなったように思う。

ただ漠然とした嫌な気もちが、ずっと心の中にあって、それが、べったりと染みついていて、うまく離れてくれない。朝なんかは、憂鬱でベッドから起き上がれなくなることが多くなった。原因は、よく分からないけれど、恐らく仕事なのだろうな、と思う。

人と接することが好きではじめた仕事だったのに、対応を重ねるごとに、いやだなと思うことが増えた。こう話せば、喜んでくれる、というのが見えてきて、心の底から笑わず、笑顔を顔に貼り付けているわたしを、もう一人の私が、端っこから見ている。にこにこと愛想のいい子を演じている、という感覚。たくさんの思いやりの言葉を教えられ、それを、堂々と口から発している。思いやりの言葉って、教えられて言うものじゃなくて、本当に心配で、助けてあげたいと思うから、言うんじゃないの。

とはいえ、ここから抜け出す方法も分からなくて、ずっと立往生を続けている。一体、これがいつまで続くのだろう。そう思ったら、少しだけ絶望する。

でも、今日が終われば、また、明日も仕事だ。また、朝がくる。気合いを入れなくちゃならない。せめて、今日だけでも、仕事のことは忘れて、自分の好きなことをして、ゆっくりしよう。




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5月になり、藤やネモフィラが満開になると、いつも、青さんのことを思い出す。

ふだんは、特別、仲が良いということもなく、気が向いたら、すこし話すという、それだけの関係。いわゆる、知人というものだったのだけど(もしかしたら、それ以下だったかもしれない)、私は、あの人の撮る写真が好きで、それをよく眺めていた。

いつだったか忘れてしまったけど、とあるきっかけがあって、青さんが、写真を送ってくれることになった。部屋に青さんの写真があるだなんて、どんなにすてきなんだろうと思うと、とてもワクワクした。そこで、私は、青さんの目が見えなくなってしまうという話を聞いた。

その話を聞いたときは、何と返したらいいのか全く分からなくて、そうだったんですね、としか言うことができなかった。どうやって声をかけても、相手を傷つけるようなことしか言えない気がした。でも、何も言わないことも、あの人を傷つけてしまう気がして、ずっと、ぐるぐるループしていた。

今も、あのとき、もう少し、気の利いたことを言えたらよかったのに、という気もちがなくならない。あれからずっと、話していないし、姿を見ることもない。結局、誰にもなにもいわず、いなくなってしまった。あの人は今も、ちゃんと生きているのだろうか。

いつか、ネモフィラを見に行こうと思っているのだけど、今年は見にいくことができなかったから、来年こそは行けたらいい。もしくは、河内藤園に。

青さんの代わりに、だなんてそんな大それたことは言わないけれど、一度どんなところなのか、きちんと見ておきたいな、と思う。



手紙

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以前、妹から、「どうしてもしんどくなったときに見る手紙」をもらった。

こっちに引っ越してきてから、何度もつらくなるときがあって、そのたびに開けようと思っていたのだけど、まだ、何となく開けるときではない気がして、ずっと開けていなかったものだ。

先日、それを開けた。何でと言われると、なんとなく、今が開けるときだ、という気がしただけなのだけど。

最近の私といえば、ひどく余裕がなかった。家に帰って、ご飯を食べ、お風呂に入り、死んだように眠る日々を繰り返していた。

怒られると、自分のことを全否定されているような気もちになるのはなんでだろうね。皆は私のことを、使えないやつだと思っているんだろうな、という考えが頭から離れない。いつも話をする人も、なんだか忙しそうで話しをすることができなかったし、家族も頼れない。

だから、なんとなく、妹からもらった手紙を開けた。(今思えば、こんなことで開けてよかったのだろうか)妹のことだから、きっと、たくさんの文章で埋めつくされているに違いない、と思っていたのだけど、ほとんど文字は書かれておらず、「お姉ちゃんの家に帰っておいで。待ってるね。気をつけて帰ってき。」とだけ書かれていた。

私は一人ぼっちじゃないし、無条件に受け入れてくれるところはきちんと存在する。そう思ったら、なんだか泣けてきて、少しだけ泣いた。

この言葉があれば、私はまだがんばれる。明日からまた仕事だ。気合いをいれなくちゃならない。





家族の話

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昨日、実家に帰省した。

仕事を始めてからちょうど一か月が経つし、ゴールデンウィークということもあって浮き足だっていたのかもしれない。もう、実家に帰ることはないだろうと思っていたのに、ずいぶんあっさりと帰ることが決まった。

帰省といえば、私の中では、家族があたたかく出迎え、犬が駆け寄り、おいしいごはんがでてきて、それを囲んで食べながら、みんなで最近はどうだった、こうだった、などとおたがいの近況について話す、というようなイメージがある。

私は、ここ最近、ずっと、みんなに何を話そうかと考えていた。仕事は大変だけど、楽しいと思えるようになったこと、周りには優しい人たちがたくさんいること、ご飯をきちんと食べていること、他にも話したいことがたくさんあった。

今思えば、初めての帰省に期待を抱きすぎていたのかもしれない。

仕事がおわって、急いでバスにのり、実家に帰ると、出迎えてくれる人はだれもいなかった。家の中は暗く、父は、私たち(母がバス停まで迎えにきてくれた)に背を向けて寝ており、妹は、まだ帰っておらず、朝起きたときには、出掛けていったようで、もういなくなっていた。お互いがお互いに干渉しない、冷たい、以前の私たちのままだった。

考えれば分かることだったのに、なぜ想像できなかったんだろうと思う。私が、家を出る前、父が今まで悪かったと謝ってきたこと、ぜんぶ一からやり直すといってくれたことで、すべてが丸くおさまると安心しきっていたのかもしれない。

人がすぐに変われないことは、私がいちばんよく知っていたはずだ。

今さら、何とも思わないけれど、何も変わっていない状況にすこし虚しくなった。一体、どうすることが正しかったんだろう。だれか答えを教えてくれる人がいればよかったのにね。



夜明け

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今日の昼、父がいままでのことを謝ってきた。

私は、記憶力がとても乏しいから、うれしかったことも、嫌だったことも、すぐに忘れてしまう。だから、父にされたことは、うっすらと記憶にのこっているけど、大半は覚えていない。ただ、小さい頃から、父が恐かった。

思い返せば、私は、父も被害者だったことに薄々気がついていたように思う。母から、祖父は、お酒が入るとだめな人だったと聞いたことがあった。家庭はたいへんで、会社でもみくちゃにされて、たくさん苦労したのだ。家庭の問題は、子どもが大きくなって、親になったとき、世代をこえて連鎖する。

だから、もういいのだ。父は、自分が間違っていた、気づくのがずいぶん遅くなってしまって悪かった、と言ったけれど、私は、それに気づいてくれたことが、今とてもうれしい。謝ったからといって、今までしてきたことが無くなり、すべてが元通りになるわけではない。でも、きっと、徐々に元通りになる。やっと、前を向ける。後は、私が、私の内面とゆっくり時間をかけて向き合っていけばいい。