陰鬱とした

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最近のわたしといえば、陰鬱とした気持ちになることが多くなったように思う。

ただ漠然とした嫌な気もちが、ずっと心の中にあって、それが、べったりと染みついていて、うまく離れてくれない。朝なんかは、憂鬱でベッドから起き上がれなくなることが多くなった。原因は、よく分からないけれど、恐らく仕事なのだろうな、と思う。

私は今、たくさんの人と接する仕事をしている。元々、大学生のときにアルバイトをしていて、その時から、人と接するのが大好きだったから、こういう仕事を選んだ。私がアイスをくるくるときれいに丸めると、すごいね、とはしゃいだり、お姉さん、こんにちは、と挨拶をかわしたり、そういう、何でもないやりとりをするのが、とっても楽しかった。

今だって、それは変わらない。人と話をすることは楽しくて、大好きだ。それなのに、人と接することが作業遂行的になってしまったのはいつからだろう。対応を重ねるたびに、こう話せば、喜んでくれる、というのが見えてきて、心の底から笑えず、笑顔を顔に貼り付け、媚を売るわたしを、もう一人の私が、冷たい目で俯瞰している、ということが増えた。にこにこ笑って愛想のいい子を演じている、という感覚。たくさんの思いやりの言葉を教えられ、それを、さも心から思いやって言っているかのように、堂々と口から発している。思いやりの言葉って、教えられて言うものじゃなくて、本当に心配で、助けてあげたいと思うから、言うんじゃないの。今のわたしは、偽の思いやりで塗り固められてる。ずっと、本心から話をしていない。それが、なんだか、すごく嫌だ。とはいえ、ここから抜け出す方法も分からなくて、ずっと立往生を続けている。一体、これがいつまで続くのだろう。そう思ったら、少しだけ絶望する。

とはいえ、今日が終われば、また、明日も仕事だ。また、朝がくる。気合いを入れなくちゃならない。せめて、今日だけでも、仕事のことは忘れて、自分の好きなことをして、ゆっくりしよう。




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5月になり、藤やネモフィラが満開になると、いつも、青さんのことを思い出す。

ふだんは、特別、仲が良いということもなく、気が向いたら、すこし話すという、それだけの関係。いわゆる、知人というものだったのだけど(もしかしたら、それ以下だったかもしれない)、私は、あの人の撮る写真が好きで、それをよく眺めていた。

ある日、どこかに出かけるということで、何かいい場所がないか探していたので、私は、ネモフィラがたくさん咲いている場所をすすめた。あの人は、青色がとても似合う人だったから、ネモフィラも青だし、丁度いいかもしれない、という単純な理由。結局、あの人は、ネモフィラを見に行って、写真を撮って帰ってきた。ネモフィラは、風で倒れちゃってたよって言ってて、すこし、申し訳ない気もちになった。

それから、しばらく経って、青さんが、写真を送ってくれることになった。部屋に青さんの写真があるだなんて、どんなにすてきなんだろうと思うと、とてもワクワクした。そこで、私は、青さんの目が見えなくなってしまうという話を聞いた。

その話を聞いたときは、何と返したらいいのか全く分からなくて、そうだったんですね、としか言うことができなかった。どうやって声をかけても、相手を傷つけるようなことしか言えない気がした。でも、何も言わないことも、あの人を傷つけてしまう気がして、ずっと、ぐるぐるループしていた。

今も、あのとき、もう少し、気の利いたことを言えたらよかったのに、という気もちがなくならない。あれからずっと、話していないし、姿を見ることもない。結局、誰にもなにもいわず、いなくなってしまった。あの人は今も、ちゃんと生きているのだろうか。

いつか、ネモフィラを見に行こうと思っているのだけど、今年は見にいくことができなかったから、来年こそは行けたらいい。もしくは、河内藤園に。

青さんの代わりに、だなんてそんな大それたことは言わないけれど、一度どんなところなのか、きちんと見ておきたいな、と思う。



手紙

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以前、妹から、「どうしてもしんどくなったときに見る手紙」をもらった。

こっちに引っ越してきてから、何度もつらくなるときがあって、そのたびに開けようと思っていたのだけど、まだ、何となく開けるときではない気がして、ずっと開けていなかったものだ。

先日、それを開けた。何でと言われると、なんとなく、今が開けるときだ、という気がしただけなのだけど。

最近の私といえば、ひどく余裕がなかったのだ。仕事で失敗をしてしまって、神経はすりへり、帰って、ご飯を食べ、お風呂に入り、死んだように眠る日々を繰り返していた。怒られると、自分のことを全否定されているような気もちになる。皆は私のことを、使えないやつだと思っていて、これでは嫌われてしまうという考えが頭から離れない。いつも話をする人も、なんだか忙しそうで話しをすることができなかったし、家族を頼るわけにもいかなかった。なんだか、一人ぼっちのような気がした。

だから、妹からもらった手紙を開けた。(今思えば、こんなことで開けてよかったのだろうか)妹のことだから、きっと、たくさんの文章で埋めつくされているに違いない、と思っていたのだけど、ほとんど文字は書かれておらず、「お姉ちゃんの家に帰っておいで。待ってるね。気をつけて帰ってき。」とだけ書かれていた。

私は一人ぼっちじゃないし、無条件に受け入れてくれるところはきちんと存在する。そう思ったら、なんだか泣けてきて、少しだけ泣いた。

この言葉があれば、私はまだがんばれる。明日からまた仕事だ。気合いをいれなくちゃならない。





家族の話

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昨日、実家に帰省した。

仕事を始めてからちょうど一か月が経つし、ゴールデンウィークということもあって浮き足だっていたのかもしれない。もう、実家に帰ることはないだろうと思っていたのに、ずいぶんあっさりと帰ることが決まった。

帰省といえば、私の中では、家族があたたかく出迎え、犬が駆け寄り、おいしいごはんがでてきて、それを囲んで食べながら、みんなで最近はどうだった、こうだった、などとおたがいの近況について話す、というようなイメージがある。

私は、ここ最近、ずっと、みんなに何を話そうかと考えていた。仕事は大変だけど、楽しいと思えるようになったこと、周りには優しい人たちがたくさんいること、ご飯をきちんと食べていること、他にも話したいことがたくさんあった。

今思えば、初めての帰省に期待を抱きすぎていたのかもしれない。

仕事がおわって、急いでバスにのり、実家に帰ると、出迎えてくれる人はだれもいなかった。家の中は暗く、父は、私たち(母がバス停まで迎えにきてくれた)に背を向けて寝ており、妹は、まだ帰っておらず、朝起きたときには、出掛けていったようで、もういなくなっていた。お互いがお互いに干渉しない、冷たい、以前の私たちのままだった。

考えれば分かることだったのに、なぜ想像できなかったんだろうと思う。私が、家を出る前、父が今まで悪かったと謝ってきたこと、ぜんぶ一からやり直すといってくれたことで、すべてが丸くおさまると安心しきっていたのかもしれない。

人がすぐに変われないことは、私がいちばんよく知っていたはずだ。

今さら、何とも思わないけれど、何も変わっていない状況にすこし虚しくなった。一体、どうすることが正しかったんだろう。だれか答えを教えてくれる人がいればよかったのにね。



夜明け

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今日の昼、父がいままでのことを謝ってきた。

私は、記憶力がとても乏しいから、うれしかったことも、嫌だったことも、すぐに忘れてしまう。だから、父にされたことは、うっすらと記憶にのこっているけど、大半は覚えていない。ただ、小さい頃から、父が恐かった。

思い返せば、私は、父も被害者だったことに薄々気がついていたように思う。母から、祖父は、お酒が入るとだめな人だったと聞いたことがあった。家庭はたいへんで、会社でもみくちゃにされて、たくさん苦労したのだ。家庭の問題は、子どもが大きくなって、親になったとき、世代をこえて連鎖する。

だから、もういいのだ。父は、自分が間違っていた、気づくのがずいぶん遅くなってしまって悪かった、と言ったけれど、私は、それに気づいてくれたことが、今とてもうれしい。謝ったからといって、今までしてきたことが無くなり、すべてが元通りになるわけではない。でも、きっと、徐々に元通りになる。やっと、前を向ける。後は、私が、私の内面とゆっくり時間をかけて向き合っていけばいい。