雑記

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最近、死にたいと思うことが増えた。

どうしようもない気もちになって、どうしようもなくなってしまったとき、よく、じぶんで、手首を切って、血が流れるところを想像する。じぶんで、じぶんを傷つけるところを想像すると、なぜか、気もちがすこしだけ、楽になるような気がするのだ。

ただ、それと同時に、世間体のことも考える。わたしが死んでしまえば、きっとマスコミが家族のもとを訪れて、「あの子は、どのような子だったんですか」とか「生活の様子は」とか「いじめられていたのでしょうか」とか根ほり葉ほりきいてくるのだ。せっかく、家族がうまく回り始めているのに、わたしはそれを妨害したくない。きっと、家族は、また消耗する。もういろいろなことにつかれて、仕事をやめて、一生くらすことはできないし、お父さんやお母さんに迷惑もかけられない、それなら、死ぬしかないじゃないかと思ったのに、死ぬことすら、他人に迷惑をかけるだなんて、健常に生きるしか、生きるすべはないのか。

そういえば、つい先日は、母の誕生日だったので、お祝いの連絡をした。母は、また近々、働きはじめるらしい。住むところがちがうと、すこし連絡をとらないうちに、相手の環境が、ころっと変わっていることがある。とくにお母さんとか、ずっといっしょに暮らしてきていたこともあって、すこし寂しさがある。自分がおいていかれているような、知らない間に、なにかがうごいているような、そんなかんじ。

まわりは上手い具合にうごいている。私はもう、だれにも迷惑をかけないように、だれも知らない場所で、こっそり死んでいきたい。最近は、ライターをもちあるいている、いつでも死ねるんだぞって。わたしが本当に耐えられなくなったとき、死んでやるんだ。そうおもったら、まだ明日は、なんとか生きられるような気がする。いつでも、死ぬことができるんだから。とりあえず、明日も、這いつくばってみよう。